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三和石産
業務課(出荷業務) 業務課長

岡見 義明
1996年 中途入社

今までのキャリア

ミキサー車乗務
 → 運輸責任者(課長)
 → 業務課長(戸塚工場を含め4工場で勤務)

Q1入社のきっかけとこれまでの業務を教えてください

ミキサー車乗務から出荷業務担当へ

前の会社では2トン車に乗って配送の仕事をしていましたが、大型ダンプに乗りたかったので、大型免許を取得できる21歳になってすぐに免許を取りました。三和石産で働いていた知人の紹介で入社したのですが、ダンプには空きがなく、ミキサー車でどうか?と会社に言われたので、じゃあそこから始めようと。

最初に配属された戸塚工場で6年間乗務し、27歳の時に運輸課長を任せてもらえることになりました。不安もありましたが、認めてもらえたことが嬉しかったですね。
その後、33歳で業務課長として業務課(出荷業務)へ異動になり、それからはずっと出荷業務を担当しています。今勤務している工場が入社してから4つ目の工場です。

Q2出荷業務の仕事

生コンの注文を受ける、生コンを出荷する

出荷業務には、①生コンの注文を受ける、②生コンを出荷する、という2つの仕事があります。
「生コンの注文を受ける」は、複数の業者さんからの注文を受けますが、1日に出荷できる生コンの数量には限りがあります。
また現場の数によっても対応可能数量は変わりますので、営業担当者と連携して最大限出荷できるように段取りします。

出荷するためにはミキサー車を確保しなければなりませんが、これにも限りがありますから、工場同士で出荷数量、必要台数をオープンにして段取りします。

「生コンを出荷する」は、どこの現場に何時着という予定に合わせてミキサー車を出荷させます。各車両と無線でやり取りして、ドライバーの状況を把握しつつ行いますので、日中はフル回転です。

Q327歳で運輸課長になりましたね

現場のルールが厳しくなった時期

運輸課長になった頃から現場のルールが厳しくなり、自分自身も、部署としても新しいルールに対応しなければならなかったのは大変でした。
特に運輸課のほとんどは先輩でしたし、当時はトラック野郎みたいな先輩方ばかり(笑)。まぁ、そういった世界に憧れて入社したというのもあるのですが、年下の自分の言葉を聞き入れてもらうために、まずは自分がしっかり仕事をして認めてもらわなければと毎日必死でした。

Q4運輸にも目が行くそうですね

気がついたことは各部署の責任者と情報を共有

まだ今の工場に異動してきて数か月ですが、工場・運輸に限らず、特に若い社員のやる気があふれていて、まとまりもいいですよ。
とはいえ、経験が浅いために危険につながりかねない動きをしてしまうこともありますので、そういったときは各部署の責任者と情報を連携して、工場・運輸一体となって若い社員を見守れるようにしています。
先輩たちの厳しい指導を受けながらドライバーとして育ててもらってきたので、特に運輸のメンバーについては細かいところまで気になっちゃうんですよ。

Q5三和石産の魅力は

ひとりひとりの頑張りを見て、挑戦させてくれる会社

23年間働いてみて感じるのは、ここは、頑張っている姿を見てくれている会社だということ。もちろんタイミングもあるとは思いますが、当時の私も含めて、若い社員に責任ある立場を任せようとしてくれる会社は、ありそうでなかなかないと思います。

また、挑戦させてくれる、という面でも他社にはない魅力があると思っています。
仕事をしていく中で大切にされているのが「まず、やってみな」という精神で、やる前からできませんというのは絶対にダメなんです。色々なことに挑戦して、新しいことをどんどんやっていく面白い会社。普通の生コン会社ではないと思います。
私も運輸課のときにミキサー車のシャワーを改良させてもらい、それからずいぶん作業がはかどるようになりました。今でもそれが残っているのは、ちょっと嬉しいですね。

それに、うちの会社には出戻り社員が多いんですよ。一度うちを辞めて独立したり、他の会社に転職した人が戻ってくるんです。私自身、2人から「もう一度三和石産で働けないか」と相談を受けたことがありますが、その2人の出戻りを会社は快く受け入れてくれました。

これから取り組みたいことのひとつは、より働きやすい職場環境を作っていくことですね。今でも十分に働きやすいのですが、そこにあぐらをかかずに、少しずつでもより良くしていこうという姿勢で取り組んでいきたいと思っています。

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