中田社長とともに
歩んできた42年!

エッグ
藤沢営業所(バラトレーラー乗務)

齋藤 輝克
1977年 入社

今までのキャリア

4トンミキサー車運転手
 → 独立
 → 再入社
   現在藤沢営業所にてバラトレーラー運転手

Q1入社42年目を迎えますね

社員から起業し、再び社員へ

入社したのが25歳。それから10年間ミキサー車を運転して独立したんだよ。バラ車(粉末の袋詰めされていないセメントを運搬する車)でセメント運ぶ仕事を10年続け、会社を畳んだ後にまた社員に戻ったんだよね。
うちの会社面倒見がいいから社長に商売辞めると伝えたら、「また社員になれ」って言われて。この会社に入ってから社長との付き合いも今年で42年目。
65歳過ぎても雇ってもらえているから有難いですよ。

Q2中田泰司社長の魅力とは

やればやるだけのことをしてくれる!

決断が速いね。直ぐ結論を出す。ぐいぐいみんなを引っ張ってくれる。
俺が会社に入った頃は4トンミキサー車しかなくて、運転手も20人いたかいないかくらい。そこから始まって、今は車も従業員も営業所も増えてきて、ほんといい会社に入ったと思いますよ。

社長はよくしてくれるからね。やればやるだけのことをしてくれる。
一台の車を複数のドライバーで担当するのではなく、社員一人ひとりに一台ずつ専用の車を任せる流れは創業時から。それもクラスのいい車を買ってくれる。
自分用の車があるってやっぱり嬉しいよね。4トンミキサー車しかない頃からドライバーは車をきれいにして乗っていて、社長が営業に行くと営業先から誉められるし評判もいい。だから社長も喜んでくれてね。「車はきれいに乗る」が会社の伝統になっているね。

Q3三和石産の魅力とは

社長から言われてではなく、社員で考えて決める

社長からこうしろと言われるんじゃなくて、取り組むことをみんなで話し合って決めているんだよね。例えば、ISO(*1)は、社員みんなから取ろうという声が上がって取得したんだよ。
他の生コン屋がまだ取得していないときに、これからはJIS(日本工業規格)だけではだめだ、世界基準の規格でないと太刀打ちできない時が絶対くるという意見が社員から出てきてね。

常日頃から、やりたいことをやれと任されているし、毎日同じことやっていると進歩がないと社長から怒られちゃうから、みんな考えるよね。そして、社員から出てきたことを社長はやらせてくれる。もちろん厳しいことは求める、結果をね。自分たちでやると決めたことだから、やっていて面白いよ。

(*1)ISO:国際標準化機構 国際的な標準である国際規格を策定している

Q4親子で同じ会社、同じドライバー職ですね

運転手やるなら、うちの会社で働けと勧めた

娘は車に乗るのが好きで、大きい車に乗りたいと娘から相談された時、どうせ運転手 やるならうちの会社がいいと思って勧めたんだよ。
給料も他の会社よりいいし、ちゃんとやることやれば一人ひとり面倒見てくれるからね。

娘は入社当初、ミキサー車のことを何も知らないものだから、先輩たちに教えてもらった時泣いちゃったんですよ。男の班長が、「娘さん泣かしちゃったよ」と言って来たから、家に帰ってから娘に、「泣くんじゃない。泣いたら次は教えてくれなくなるよ。悪いことをしたから言われたんでしょ。男の社員が多い中でやっていくんだから、泣いていたんじゃしょうがないだろう」って言って叱りました。

仕事としてやるなら中途半端じゃなく、やることやらないとね。女だからこれでいいやと妥協するようでは、社長が採用してくれた意味がない。うちの会社は男も女も関係なく任せてくれるから、役職の班長になったよと娘が言ってきた時は、「工場長になれ」って言いました。けん引免許も取れと。俺引退するから俺のバラ車乗ってくれって(笑)

>>齋藤 麻美のインタビューを見る

Q5これから三和石産グループはどうなっていきますか

「やってみろ」の会社、だからますます大きくなる

ますます会社は大きくなるんじゃないかな。
ここまで会社が成長したのは社員みんなの努力あってのもの。社長も素晴らしいけれど、その下にいる役員も社員も、社長に鍛えられているだけあるよ。会社も人もマンネリ化しちゃうと進歩がないからダメだと、定期的に人事異動させる。慣れ親しんだ場所から新しい所にいくと、一から勉強して努力しなきゃ仕事できないからね。

社長は数十人しか社員がいなかった頃から、やってみればいいじゃないかという考え方だった。上から命令するのではなく一緒にやろうよという考え方。こういうことやってみな、だめだったらこっちとチャンスを与えてくれる。だからますます会社は大きくなると思いますよ。

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